「AFTER LIGHTS」
2014年2月、雪の降る街で静かにレコーディングは始まった。
「センチメンタルメロディー」creeps待望のニューアルバム完成。
歪んだ音はもう要らない。透明感とメロウな世界に包まれる自信作。
- snow globe
- dance dance dance
- rocksteady under the moon
- c c c
- suigintou
- longview
- midnight blue
- 世界はそっと美しい
- northern lights
- ASAMIYA
2014.08.28
ASYLUM-RECORDS ACD-003 ¥2,000(tax out)
ディスクレビュー
衒いのない音で勝負するためには、素の自分を音楽に焼き付ける技術だけでなく、そこに映し出された裸の人間像の魅力が絶対的に不可欠で、言うまでもなくそういった芸術のあり方で舞台に臨むことのできる表現者の数は、いつの時代も決して多くはない。
竹内晃率いるcreepsが、キャリア18年目にして放つアルバム『AFTER LIGHTS』。ここで僕たちの目に飛び込んでくるのは、いつの間にかその圏内に足を踏み入れていたロック・バンドの姿だ。
AFTER LIGHTS。光のあと。
このアルバムは、光の季節を通り過ぎた人が、しかしその後も(ときに残酷なほど無常に)続く人生を、それでも投げることなくひたむきに歩んでゆくためのサウンドトラックである。
青森県・弘前市でcreepsが結成された1996年は、Hi-STANDARDが『GROWING UP』を出した翌年で、その後ハイスタが活動休止する2000年頃を頂点に、メロコア~パンク勢を中心とするインディーズ・バンドの一大ブームが巻き起こった(『GROWING UP』は70万枚、99年にリリースされた『MAKING THE ROAD』はミリオン・セールスを記録している)。
その一群の中でも大きな人気を誇ったSNAIL RAMPのTAKEMURAに見初められ、彼が主宰するSCHOOL BUS RECORDSからcreepsがファースト・アルバム『A GREEN APPLE』を全国リリースしたのが2001年。胸のすくようなストレートなポップ・パンクを鳴らしていたここまでの時節がcreepsにとっての〈光の時代〉だとしたら、そのバブルが崩壊し、やがてはメンバーが竹内1人だけになってしまう2005年頃から、本作『AFTER LIGHTS』へと地続きになる物語は転がり始める。
それからおよそ3年。
creeps停滞後の地元シーンから、彼らに続く存在として活躍を嘱望されていたHONEY FUZZでベースをプレイし、現在はパブ兼ライブハウス〈Robbin’s Nest〉の運営を通じて弘前シーンの若きキーパーソンとなっている成田翔一と、creeps以前から活動する(個人的には津軽のザ・バンド、と呼びたくなる)同地の最古参バンド、SECOND LINEに籍を置くベテラン・ドラマーの小田島哲雄が合流し、現在のcreepsを形成する雛形が出来上がるのが2008年の話。この3ピースは、パンクの喧騒を抜けたミニマムなロックのアンサンブルと、結成当初から変わらないシンプルなソング・ライティングが光るアルバム『カンテラ』を2009年に上梓。そして翌年8月に配信され、本作『AFTER LIGHTS』にも収められることになる先行シングル“世界はそっと美しい”において、すでに『AFTER LIGHTS』の根幹を成す基本コンセプトが歌われている。
それは、「あの場所」まで歩いて「新しい景色」に辿り着いたものの、そこが「何にもない」焼野原だったという残酷な真実=虚無に対し、それでも最後には「分かっているさ」と「そっと」これまでの道のりを肯定してみせる人間の優しさと強さである。
2012年には、ソリッドなロックンロールとポップ・センスを原点に持つギタリスト、笠井亮平が加入し、最後の1ピースが出揃う。つまり今手元に届けられた『AFTER LIGHTS』こそが、creeps現編成での記念すべき初アルバムなのだ。レコ―ディングは今年2月に開始された(これまでのcreepsは、夏に録って冬にリリースするパターンが多く、逆のパターンを試みたかったとのこと)。〈完全バンドサウンド〉〈無機質で透明感のある音と歌〉を意識した作品だという。前置きが長くなったが、ここからようやく『AFTER LIGHTS』の内奥へと分け入っていこう。
雪降る夜をイメージして作られた“snow globe”で、『AFTER LIGHTS』は静かに幕を開ける。ゆったりとした奥行きとアンビエンスを形成するエレクトリック・ギターのアプローチ、肩の力の抜けたアコーステック・ギターのストローク、しなやかに歌うベース、リラックスしたテンションでボトムを支えるドラムス(小田島はジョン・ボーナム的なダイナミックなプレイも得意とするだけに、この振れ幅には唸らされた)、そして穏やかさと諦めの混濁が独特の陰影を残す竹内の穏やかで伸びやかな歌声――このサウンドスケープが、『AFTER LIGHTS』の通奏低音である。そして“世界はそっと美しい”に続き、ここでも「信じたその先に なにも なかったとしても」という喪失感を前に、しかし「戻ったその場所は また君を強くする」と歌われるのである。“snow globe”は『AFTER LIGHTS』の中でも最もメロウかつ哀しみに溢れた一曲であり、言い換えればcreepsはこの場所から始まる奇跡をもってアルバムの世界観を描いていく。
続くのは、本作のリード・トラック“dance dance dance”。タイトルは村上春樹の88年の小説から名付けられている。“snow globe”よりいくぶん明るめのコードと早いテンポは、ステップを踏み始めようと重い腰を上げる主人公の姿を想像させる。曲中、ギターが裏打ちのカッティングを刻み、ロックステディー的なリズムが駆動する頃には、彼の身体は確実にダンスへと向かっているようにすら見える(それにしてもベースラインの躍動感といったら!)。
タイトルが全てを物語る次の“rock steady under the moon”は、その想像を確信に変えるアルバム中最もダンサブルなロックステディー・チューン。成田のベースは“dance dance dance”以上に冴えていて、個人的にはロイド・ブレヴェット(スカタライツ)というより、ジェームス・ジェマーソン(マーヴィン・ゲイ『What’s going on?』にも参加の天才プレイヤー)がスカビートでウォーキングを披露しているような強靭なグルーヴを感じた。
アルバムはここから風向きを変え始める。まずは、高畠俊太郎のAUTO PILOTが誇る名曲“c c c”のカヴァーが差し挟まれるのだ。大きなアレンジ変更が施されているわけではないが、原曲の持つオルタナティヴ・ロック的な不遜さは抑えられ、素朴とも言えるナチュラルなギター・ロックに落とし込む手際がいかにもcreepsらしい(それでも『AFTER LIGHTS』の中では特異な手触りがあるのだが)。
では仮に今のモードでcreepsが軽快なロックに挑んだらどうなるのか?という問いに答えるのが“suigintou”。1度しか登場しないキャッチ―なサビに向けて徐々にアクセルを踏み込んでいくコンパクトな一曲で、アウトロの爆発力は初期のスーパーカーを思わせたりも。
6曲目の“longview”は、アルバムの中核に位置すべくして置かれた重要曲だ。UKロックの隠れた名盤を残した知る人ぞ知るマンチェスターのバンドの名前が冠されているのは、同アルバムの収録曲“Can’t Explain”のアレンジを引用しているためで、過去と折り合いをつけながらも今を生きようとする者の心の機微が歌われる。また、笠井がE-BOWで演出する浮遊感たっぷりのアプローチが効いたラスト1分20秒の演奏に、じっくりと耳を傾けてみてほしい。リスナーがここで感じ取るエモーションや見る風景こそが、喪失から始まる『AFTER LIGHTS』が胸の奥に隠し持ったポジティヴさの表出であることに気付くはずだ。
7曲目の“midnight blue”は、怒涛のラストを前にした箸休めとして味わうのがベターかもしれない。というのも、この曲は『カンテラ』制作前(2009年頃)のトリオ時代のライブ音源という点だけでなく、ラフな録音が拍車をかけるパンキッシュなアレンジに象徴されるように、シリアスな場面も多い『AFTER LIGHTS』にあって、無邪気に音楽を楽しむcreepsの姿を垣間見ることができる貴重な瞬間だからだ。もし現在の彼らが青く発光する“midnight blue”を調理したらどのような音が生まれるのか?と想像するのも一興だろう。
さあ、ここから『AFTER LIGHTS』で最も重要なラスト3曲の濃密な世界に入っていこう。前述の先行シングル“世界はそっと美しい”は、ミックスこそそのままだが、マスタリングは再度施されているので、当時聴き倒した人もその違いを楽しめるだろう。改めて〈分かっているさ それでいいのさ〉と歌うことのできる竹内の強さが、アルバムの芯に貫かれている需要なテーマであることが確認できる。
そんな“世界はそっと美しい”と同じ2011年6月にレコーディングされ、ヴォーカルの録り直しなど若干の手が加えられたという“northern lights”が見せる確かな足取りは、感傷的な歌詞を乗り越える強さを持っている。シンプルだが効果的なピアノのアレンジと演奏は成田によるもので、彼はこの曲と“snow globe”の作曲にも関与。いちベーシストという枠を越えてcreepsの音世界を形作っているのだ。
そして、長きに渡った『AFTER LIGHTS』の旅は、いよいよ最終曲“ASAMIYA”に到達する。イントロで見せる笠井の絶妙なフレージングは、中期のウィルコあたりを思わせるオルタナ・カントリー的な隠し味として効いており、フラットワウンド弦/フレットレス・ベースならではのしなやかさで華を添えるベースも、楽曲に欠かせない存在感を放つ。そして、ドラムキットが持ちうる最大の鳴りを引き出す術を知り尽くした小田島のプレイの素晴らしさが、“ASAMIYA”に普遍的な魅力を与えている(余談だが、『AFTER LIGHTS』のメインのセッションでは、元スーパーカーのタザワコーダイ所有のオールドのグレッチなどが使用された)。シンプルなビートを「ずっと聴いていたい」と思わせることができるドラマーこそが最強のドラマーである。
「僕が歌うのは 君と僕の世界
小さな ちっぽけな ただそれだけのこと
僕が知ってるのは 君がくれた世界
小さな ちっぽけな だけど 本当のこと」
何も知らなければありふれた愛の歌に聴こえるかもしれない“ASAMIYA”は、実のところラブソングの顔をしたレクイエム(鎮魂歌)だ。creepsの大事な友人に捧げられたこの曲は、彼の故郷で命月に行われるイベントの名前からタイトルが取られていて、ディスト―ション・ギターの音圧やドラムのコンプレッションに頼らない豊かな音像を築いてみせた『AFTER LIGHTS』のエンジニアも、そのイベントや八食センターサマーフリーライブのPAを担当する長根雄之氏、という繋がりがある。そうした背景を知るにつれ、“ASAMIYA”が描くたおやかな陽だまりのような暖かさが、どれほどの強さを持った感情であるかをしみじみと理解できるだろう。
『AFTER LIGHTS』は、こうして幕を閉じる。
あえて批評的な見方をすれば、シーンのトレンドとは無縁の場所で編まれた稀有なアルバムだとは言えるだろう。けれど『AFTER LIGHTS』の本質はそこにはないし、全てを聴き通したあなたは、このアルバムがいかに普遍的な強さと優しさを湛えた作品であるかを、すでに充分なほど悟っているはずだ。
船越太郎