バンドをめぐる12年のストーリーと、世界的な潮流と不意にシンクロしたアルバムのキーコンセプトについて、ここまで2回に分けて遠回りしながらも〈錯綜する豊かなコンテクスト〉とじっくり向き合ってきた。ここからは、よりダイレクトにcreeps『GIRLFRIEND, NEW WAVE, WEEKEND.』の世界を堪能してもらうため、各曲のレヴューを2回に分けて掲載していく。慎重な手つきでトーンアームを持ち上げ、静かにLPへ針を下ろす。やがてA面が終わり、レコードを裏返してB面へ。願わくば、実際にアルバムの音を聴きながらライナーノーツでも眺めるような気軽な気分でこのテキストを楽しんでもらえたら本望である。
Track-by-track review
―side A―1. sleepless
前回まで、creepsならではのニューウェーヴ観についてディープに思考を巡らせてきた。その独特な世界観を、イントロのたった一発のギター・サウンドで強烈にイメージさせるのがアルバムの冒頭を飾る軽やかなオープナー〝sleepless〟だ。ニューウェーヴにおけるギターの音作りでは代名詞的存在とも言える、コーラス・エフェクトによる煌きながら揺れるクリーンな音像。それと非常に近い感触ながら、よりドライかつタイトで艶やかなサウンド・メイクが施されたギター・カッティング(本作でメインに使われたTCエレクトロニックの3RDディメンション・コーラスによるもの)を合図に、バンド・アンサンブルが一気にアクセルを踏んでなだれ込む。このイントロ部分で、シンセサイザーにも似たモジュレーション感で耳を惹き付ける主旋のギターを弾いたのが前段の岩崎潤だった。実は本作のレコーディングにおいては、バンドのギターを担う笠井亮平や竹内晃(ボーカル/ギター)だけでなく、成田翔一(ベース)や岩崎、そして後述する成田のバンドメイト、マイケル・ウォーレンも含め各自が考案し演奏したフレーズの中から、最終的に最も楽曲に沿うと判断されたトラックを採用するコンペ方式が一部に導入された。これは一義的にはもちろん「楽曲を作った立場から優先する音を採用した」(竹内)判断によるものだが、もっと広い意味で、creepsなりの矜持が制作スタイルに現れた結果だったとも言えるだろう。本作ではsyryup16gの中畑大樹をはじめとするゲスト・ミュージシャンはもちろん、エンジニアからスタッフまでが地元の仲間たちで完結しており、竹内は「ローカルのコミュニティで勝負したかった。各自が自立した力を持ったメンバーが自分たちのコミュニティの中にはいて、その人たちと一緒に青森でもこれだけいいものが作れることを証明したかった」と語っている。
話を楽曲に戻そう。疾走感のあるイントロから一転、Aメロ~ブリッジ部分にかけてのアレンジの妙、特にドラム・アプローチを基点とする緩急の付け方に注目してほしい。竹内の伸びやかな歌い出しから抑制されたBメロに向けてのエモーションの起伏に呼応するように、ベース、ドラム、そしてギターのアンサンブルが歌と一体となって有機的に絡み合い、この短い時間の間に驚くほど多彩な表情を次々と披露していく。そしてピック・スクラッチをきっかけにバンドはスピードを上げ、曲のクライマックス=サビを安定したビート感で走り抜ける。彼らの30年の歴史の中で、これほどまで多くの表情に富んだ凝ったアレンジが1曲の中に凝縮されたトラックはなかっただろう。〈ようやく辿り着いた場所に何もなかった〉虚無感が通底していた『AFTER LIGHTS』から12年、新生creepsはニュー・アルバムのオープニングで自らの鮮やかな転生をこのような言葉で祝福する。
「sleepless night 夜が明けるよ / sleepless night 夜が踊るよ」
2. 雨とガールフレンド
続く〝雨とガールフレンド〟は滑り込みで最後に追加された1曲だ。竹内が裏側を明かす。「最初はアルバムを全8曲にしようと思って、大樹にもその曲数でお願いしてた。それらを録った後、ちょうどスミスやエコバニを聴いてた時期だったこともあって、少しアコギが鳴ってそれにエレキ・ギターが混ざる曲があればいいなと思い立って。(〝雨とガールフレンド〟の)アコギ・バージョンのデモがあったから、大樹にデータを送ったらすぐにドラムを入れてくれて、すごくうまくハマった。すかさず翔一がベースを足して、自分がイントロのフレーズを5分くらいで考えて重ねたら、あっという間に原型が完成した」。成田はこの時のクリエイティブな速度を可能にした背景ついて「ニューウェーヴをキーワードに、晃さんから事前に明確なイメージを共有してもらってたのがすごく大きくて。指針がはっきりしてたからフレーズに悩むことはほぼなかった。自分がcreepsの前に所属してたHONEY FUZZ時代は轟音のエモのような音楽性だったけど、解散前にはニューウェーヴ的な方向に進んでニュー・オーダーなんかをすごく聴いてた。だから自然と(ニューウェーヴ的な音楽性が)体に入ってるし、そういったベースのスタイルも自分の中にあって、今回のアルバム制作にすんなり入れたんだと思う」と自己分析する。竹内が「座って弾いて、立っても弾いて、全部で10テイクくらい録った」というアコギのエアリーなタッチが、アルバム中最もネオアコ色の強い仕上がりに大きく寄与しており、イントロのベース・フレーズは「あえてのチョイス」(成田)でザ・キュアーの代表曲〝Boys Don’t Cry〟から応用したという。中畑からは〝雨とガールフレンド〟についてこんな言葉もあった。「レコーディングの前日に迎えに行った際、フランク・アンド・ウォルターズに似てるよねって言われて、メンバーみんな『何それ?』って。スタジオで聴いたらたしかにちょっと似てた」(竹内)。フランク・アンド・ウォルターズは90年代から活動を続けるアイルランドのインディー・ポップ・バンドで、初期にはNMEの歴史的コンピレーション・カセット『C86』を引き合いに出されるジャングリーなギター・ポップを奏でている。
ふとした偶然から収録が間に合った〝雨とガールフレンド〟が結果的にはアルバム・タイトルを決定付けた。「最初は『GIRLFRIEND』というタイトルで考えてた。それが最後に楽曲を並べて聴きながら改めて考えた時に、タイトルに固定された意味を持たせたくなくて、イメージの断片を並べるような形にしようと。〈ニューウェーヴ〉って言葉を使いたかったのと、そうなると三つの言葉の連なりがキャッチーかなと」(竹内)。こうした発想を促し、最後の〈ウィークエンド〉を呼び込んだのが歌詞に滲む世界観だった。「雨上がりで時間を潰してたんだけど、いろんな人が待ち合わせをして楽しげにどこかに出掛けたりする姿を見てたら、20代の頃に見てた下北沢のようなキラキラした初々しさが残っているのを感じて。もちろん再開発に対して地元の人たちのアクションがあったことも知ってるので、自分がフィルターをかけて見てるのかもしれないけど」。
3. singin’
このようにして命名された『GIRLFRIEND, NEW WAVE, WEEKEND.』の個性を、成田は「まるでシングル集みたいなアルバム」と評する。たしかに、ソングライティングにおける曲単位でのキャッチーさは過去作と比較しても突出した印象がある。アルバムをじっくり聴いたリスナーにとっては、粒ぞろいの本作においてそのポップネスの芯を支えるのが〝singin’〟であることに異論は少ないだろう。筆者はこの数年で何度かライブの場でこの曲を体感してきた。しかし、一度聴けば忘れられないサビのハーモニーや、竹内のルーツにある80sのセンスに彩られたソングライティングこそ記憶通りだったものの、ミックス・ダウンを終えた音源からは以前とはかなり異なる〈王道のポップ・ソング〉然とした印象を受けた。それは、今作でDAWによるオーバーダブの作り込みに凝った成田が重ねるグロッケンシュピールやスレイベルの音色がキーになると感じていたが、竹内からは想定外の答えが返ってきた。「実はこの曲の最初のイメージはワム!の〝ラスト・クリスマス〟。ニューウェーヴってよりもはや80年代だよね。冬に車を運転してたらサビのメロディーが降りてきて、クリスマスというか、冬のゲレンデで流れていてほしいようなイメージから生まれた」。ではなぜ、洋楽のクリスマス・ソングでは筆頭に挙げられるような定番曲が竹内の脳裏によぎったのか。そこには、YAMAHA製ショルダー・キーボードの廉価版として1987年に発売された「ショルキー」(SHS-10)をめぐるノスタルジーが関係していた。「まだギターにすら出会っていない小学5年生の頃、鍵盤は弾けないのにショルキーを買ったんです。何も弾けないけど、デモ音源のボタンを押したら〝ラスト・クリスマス〟が流れてくる。子ども心に、すごくいい曲だなってずっと記憶に残ってた」。
あえて主観を強調すれば、〝singin’〟と80年代の間にはまだつながりを邪推したくなる部分がある。竹内はバンドと並行した弾き語りのソロ活動において、奇しくも〝ラスト・クリスマス〟と同じ1984年にリリースされた大沢誉志幸のヒット曲〝そして僕は途方に暮れる〟をセットリストに加えていた。曲のキーや使用されるコード進行とテンポ感、夢見心地でほんのりとセンチメンタルなメロディーにどこか相通じるテイストを感じるだけでなく、〈大切な人が出て行った部屋〉から物語が始まる歌詞の世界観も含め、竹内のソングライティングに無意識下で影響を与えた可能性を夢想してしまう。加えて、竹内からは取材後に改めて重要な報告があった。「伝え忘れていたけど、今作におけるニューウェーヴや80年代のリファレンスの一つとして、プリファブ・スプラウトをここ数年よく聴きいていたことを思い出して。もしかしたら一番聴いてたかも。特に〝singin’〟のベースの音というか、リズム隊も含めたサウンドの透明感はプリファブの名盤『Steve McQueen』をイメージしていました」。
これだけ書くといかにもレイドバックした印象のみを与えてしまうが、もちろん話はここで終わらない。サウンド・プロダクションをまとめる上で具体的に参照されたのは、ポスト・ヌジャベス的な土壌から生まれた渋谷発のクロスオーバー・ジャム・シーンに根差すレーベル「origami PRODUCTIONS」のホープとして、シンガー・ソングライター/ギタリストとして評価の高いMichael Kanekoだった。「彼の〝Stranger in the Night〟って曲があって。〝singin’〟をまとめる方向性として、どうしても〝ラスト・クリスマス〟だけだと足りないなと悩んでた時にこの曲に出会った。この質感だ!と」(竹内)。竹内が見抜いた〝ラスト・クリスマス〟と〝Stranger in the Night〟のプロダクションの共通項を聴き比べつつ、〝singin’〟まで堪能するのは本作の贅沢な楽しみ方の一つかもしれない。
4. 歩く
成田の言う通り〈シングル曲3連続〉のような勢いで一息で疾走してきた『GIRLFRIEND, NEW WAVE, WEEKEND.』のニューウェーヴ~80年代的な風景は、ここにきて大きく一変する。それは単に風景が変わっただけでなく、creepsの歴史においても重要な意味を持つシーン・チェンジであると断言できる。ギブソンES-335のリッチで滑らかなストロークに続き、ボリューム奏法でゆっくりと立ち現れる優しいメロディー。次の瞬間、creepsのリスナーであれば驚くべきことが起きる。
「一人きりでさ 星の下 歩いてたら」
聴き覚えのない、竹内とはまた違った儚さと温かみを併せ持つ歌声。そう、この曲〝歩く〟は、バンドのギタリストである〈リョウチン〉こと笠井亮平が作詞作曲し、creepsでは初めて自らがリード・ヴォーカルをとった一曲なのだ。
北海道帯広市出身、父親の転勤で道内を転々とするも、小学4年生から旭川市に家族で根を下ろした笠井は、フォークサークルで出会った音楽好きの両親と兄の影響で幼少期から思春期まで音楽に囲まれた環境で育った。弘前大学への進学を機に青森県弘前市へ移り住むと、大学の音楽サークルでは20近いアーティストのコピーを通して自らの音楽性を涵養。オリジナルのバンドもいくつか経験し、現在も3ピース・バンド、kikiのギター・ヴォーカルとして活動を続けている。そんな笠井の歩みの中で単なる憧れを超えてアイデンティティのコアを形成するのが、元BLANKEY JET CITYの浅井健一の存在だ。ブランキー解散後に始動したJUDEが笠井のフェイバリット・バンドの一つというだけでなく、AJICOのコピー・バンドでギターを弾いていた笠井のステージングが竹内の目に留まり、結果的には2012年5月のcreeps加入につながる運命にまで作用した。〝歩く〟を耳にした人の多くは、イノセントかつどことなく危うさも孕んだ歌唱の質感や、センチメントとリリシズムが宿す特有の温度感に、容易にベンジーからの影響を感じ取ることができるだろう。笠井が書いた楽曲をアルバムに収録することを提案した竹内は「もっとブランキーぽい曲が来ても気にしなかったと思う。それよりも、これまでのcreepsからは絶対出ないテイストが出て、結果的にバンドの幅が広がればいいなと思ってた」とその意図を明かし、成田も「(作曲者が歌うスタイルの)ザ・バンドみたいでいいなと感じた」と肯定的に捉える。そんな2人の軽い口ぶりとは裏腹に、〝歩く〟は、creeps初期のポップ・パンク時代、竹内とのツイン・ヴォーカル体制を担ったギタリスト=サカモトタカツグ(頭蓋骨陥没楽団)がリードを取って以来、初めて竹内以外のメンバーがメインで歌う記念すべき楽曲なのだ。
バンド内では最年少、最後に加入した〝末っ子キャラ〟として愛される笠井だが、加入後初めて臨んだ前作『AFTER LIGHTS』の本格的なレコーディングでは大きな壁にぶつかった。「自分のアプローチをバンドが目指す方向性にマッチするように考えたら、これまで得意だったベンジー的なプレイは出せなくなって。自分自身の幅の狭さやアレンジ力の足りなさ、何より音楽に対する誠実さや真剣味が足りないことを痛感した」と振り返る。本作の制作に入るに当たっても、竹内からキーコンセプトがニューウェーヴであることを伝えられた笠井は「80年代のUKの音楽はまったく通ってきてなかった」と焦りを直接メンバーにぶつける場面すらあったという。だからこそ、本作を創り上げる過程で自らの殻を破り、誰より成長の伸び代があったのも笠井だった。「ニューウェーヴが分からなかったからこそ得るものもが大きかった。参考になる音源をたくさん聴かせてもらって、今はニュー・オーダーはじめいろんなバンドにハマってる。今回のアルバム制作を通して、意見を出し合いぶつかり合った上で良いものを作れたし、みんなに助けられつつも、今回のレコーディングを通してようやくちゃんとメンバーになれた気します」と成長の手応えを熱く語る。
笠井がストックしてあったギターフレーズやコードアレンジの中から原型が出来上がった〝歩く〟について、本人が当初はドラムアレンジのイメージとして参考に挙げたのがレディオヘッド〝No Surprises〟だった。それを楽曲全体のムードへと翻訳した成田がグロッケンシュピールの音色を足し、夢見心地なメロディーが耳から離れないアウトロのギターソロがハミングとともに重なる時、80年代に重心が置かれた『GIRLFRIEND, NEW WAVE, WEEKEND.』のポップネスはグッと90~00年代までレンジを広げることになる。笠井の力が、確実にアルバムの、そしてcreepsの表現の幅を拡張した瞬間がここに刻まれている。なお、喪失感がテーマに読める歌詞の世界観には〈リョウチン〉らしいオチまであり…ヒントは2000年代のドリーム・ポップ/シューゲイザー・リバイバル期から活躍するザ・レディオ・デプトのセカンド・アルバム『Pet Grief』にあるが、真相はぜひライブ会場で直接笠井に聞いてみてほしい。
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